第2回「アーティストになる」、生き方①

アートとともに生きていく、あなたのために。

前回は第1回目ということもあって、少し、持って回ったような言い方をしましたが、今回からは本題に入っていきます。

さっそく、実際にキャリア支援室に寄せられた質問に答えていくことにしましょう。

まずは、卒業後に「アーティストになりたい」と考えている学生のみなさんから寄せられた質問です。

「アーティストとして食べていくにはどうしたらいいの?」

「アーティストを〈本業〉として、それ一本でやっていきたい…」

卒業後、アーティストとして生計を立てたい、副業で稼いだりせずに、アーティスト一本でやっていきたい、といった質問ですね。「アーティストで食っていくぞ」という、とても強い意志が前提になっている質問で、志が高く、目標がはっきりしていると言えるでしょう。

とはいえ、このような質問に対して、ストレートに回答を返すことはできません。

なぜなら、ここで質問者さんが想定している「アーティスト」像について、具体的にどのようなコミュニティにいて、どのような市場に向けた、どのような作品を作る人なのか…… といった、詳細な条件が見えてこないからです。

一口にアーティストと言っても、さまざまな働き方、生き方があります。

「アーティストとして食べていく」「本業」という場合、経済的なことが重要になるわけですから、「市場(マーケット)」における自分の創作活動の「価値」について考えなくてはなりません。言い方を変えれば、自分の創作活動が、きちんとした価値を持つようなマーケットがあるかどうか、が重要になるのです。

もし、あなたの創作活動が、既存のマーケットの価値基準からズレているのであれば、どこかのマーケットで価値を持つように、自分の創作活動をチューニングする必要があるのかもしれません。あるいは、本当に新しいことをしている場合、マーケットの価値基準を変えるためのアクションが必要かもしれません。さらに、それよりも大きなチャレンジとして、マーケット自体を新しく作ってしまう、という道もあるかもしれません。

いずれにしても、それら現実のマーケットでは、大学内で「学科」として名指されているような、洋画や日本画、工芸といった「ジャンル」「メディア」の区分は役に立ちません。実際に、世の中にはどのようなマーケットがあり、そこでは、どのような創作活動が価値を持っているのかを、自分の目で確かめる必要があります。

社会のなかでのアートの市場価値、という点では、次のような質問について考えてみることは、とても意味があります。

「自分は必要だと思っているけれど、向こうは特に欲していないことをするには?」

「就活の時、〈金にならないことしてるね〉と言われた。どうすればいい?」

アーティストとして生きていく上で、とても本質的な問いだと思います。

たしかに、自分は作りたいと思って作品を作ったり、意義があると思ってアートプロジェクトを立ち上げたりしていても、それが社会に受け入れられるかどうか、マーケットで価値を持つかどうかはわかりません。

そのような、アーティストとその外部との間に横たわる「ズレ」は、いつの時代にも存在しています。そのズレは、アーティストの存在意義を脅かし、みなさんに強い不安を与えます。

ここまでの話と繋げて考えてみましょう。「向こうは特に欲していない」と感じたり、「金にならない」と言われるということは、その人の創作活動が価値を持たないコミュニティやマーケットにいる、ということを意味しています。

だとすれば、まずは、自分の創作活動が価値を持つような場所が他にないかどうか、探してみるべきでしょう。たとえば、現代美術だと思って活動していたけれど、デザインとしての市場価値があった、とか、町おこしのアートプロジェクトとして企画していたけれど、その内容は芸術療法として有益だった、とか、そのようなケースはたくさんあります。

どれだけ世の中を見渡しても、自分の創作活動の内容に見合った価値を与えてくれる場所が存在しない、ということもあるでしょう。そんな状況に直面したアーティストのなかには、新しい市場を作る、という大きなチャレンジをする人もいます。

そのようなチャレンジは、当然ながら、簡単に成功するものではありませんし、リスクもともないますが、アートの可能性を探求する、という意味では、「王道」と言えるかもしれません。

自分がやるかどうかはともかく、そういう選択肢もある、ということは知っておいたほうがよいでしょう。

一方で、たまに耳にすることがありますが、以下のような質問は、あまり本質的ではありません。

「どうやったら画廊の人と仲良くなって作品が売れる?」

「変人じゃなきゃいけないの?」

「孤独じゃなきゃいけないの?」

なぜなら、このような質問は、自分自身の目的やビジョンが明確でないにもかかわらず、「戦略」のことだけを考えているからです。

もちろん、画廊の人と仲良くすることも、作品を売ることも重要ですし、そこには何らかの戦略があるでしょう。しかし、すべては、自分自身の創作活動あってのことです。自分がどういうタイプの作品をつくっていて、どういう活動をしていきたいかによって、付き合うべき画廊や、支えてくれるコレクターやサポーターの層も変わってきます。

つまり、自分自身の創作活動の在り方、目標、ビジョンこそが、本当の「目的」であり、すべての戦略に先立つ前提なのです。本当の目的について考える前に戦略のことばかり考えていると、「アーティストになる」こと自体の意味すら、見失ってしまいかねません。そのことは、忘れないように心に留めておきましょう。

「アーティストになる」ことについての質問はまだまだ寄せられています。次回も引き続き、質問に答えていくことにしましょう。


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